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唱歌として出されたが、「戦友」は戦争叙事歌であり、紛れもなく戦争の歌である。 今から考えれば、ずいぶん悲惨な歌を子供たちは歌わせられたのだ。言文一致運動の影響下にあったにせよ、戦場の残酷さが克明に描かれているのだ。 この「言文一致叙事唱歌」全部が戦争を歌っている特殊があるとはいえ、子供たちにどんな影響を与えたのであろうか。 ところで、鳩山総務大臣は東京中央郵便局の建物の建て替えに難色を示しているようだ。あのあたりについて見れば、もっと残すべき建物がすっかり取り壊されているのに気づく。郵便局のあの建物が、そんなに値打があるのかなと思う。 局の前にバス乗り場があって、そこを長いこと利用した。それは東京タワー下を通り、渋谷だったか目黒だったかに行くはずだ。問題は、朝晩タワー下を通りながら、その時もそれからも、タワーに上っていないのである。 戦 友 作詞 真下飛泉 作曲 三善和気 一 ここは御国(おくに)を何百里 離れて遠き満州の 赤い夕陽に照らされて 友は野末の石の下 二 思えば悲し昨日まで 真先(まっさき)駆けて突進し 敵をさんざん懲らしたる 勇士はここに眠れるか 三 ああ戦いの最中に 隣に居(お)ったこの友の にわかにはたと倒れしを 我は思わず駆け寄りて 四 軍律厳しい中なれど これが見捨てておかりょうか 「しっかりせよ」と抱き起こし 仮包帯も弾丸(たま)の中 五 おりから起こる吶喊(とっかん)に 友はようよう顔上げて 「御国のためだかまわずに 遅れてくれな」と目に涙 六 あとに心は残れども 残しちゃならぬこの体(からだ) 「それじゃ行くよ」と別れたが 永の別れとなったのか 七 戦い済んで日が暮れて 探しに戻る心では どうか生きていてくれと 物なと言えと願うたに 八 虚しく冷えて魂は 故郷(くに)へ帰ったポケットに 時計ばかりがコチコチと 動いているのも情けなや 九 思えば去年船出して 御国が見えずなった時 玄界灘に手を握り 名を名乗ったが始めにて 十 それより後は一本の 煙草も二人分けてのみ 着いた手紙も見せ合(お)うて 身の上話繰り返し 十一 肩を抱いては口癖に どうせ命はないものよ 死んだら骨を頼むぞと 言い交わしたる二人仲 十二 思いもよらず我一人 不思議に命永らえて 赤い夕陽の満州に 友の塚穴掘ろうとは 十三 隈なく晴れた月今宵 心しみじみ筆とって 友の最期をこまごまと 親御へ送るこの手紙 十四 筆の運びは拙いが 行燈(あんど)の陰で親たちの 読まるる心思いやり 思わず落とすひとしずく (「学校及び家庭用言文一致叙事唱歌(三)」明治38(1905).9) |
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