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zoom RSS 神拝詞(そなえことば)

<<   作成日時 : 2008/12/13 23:21   >>

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  近くの小さな神社に「神拝詞(となえことば)」と言うのが出ている。賽銭箱の横にある。次の通り。

    神拝詞(となえことば)

  『祓え給い

  清め給え

  神(かむ)ながら

  守り給い

  幸え給え』

  さて、「給い」と「給え」の違い、「祓え」・「幸え」と「清め」・「守り」の違いが分からない。これを現代語に置き換えることは私には難しい。

  失礼ながら「茶人文盲」とかいうように、間違えてはいないのだろうか?愚者には分からないことが多い。しかし賢者が揃っている神社のことだ。滅多な事を言うでない。

  とは言うものの、かつて茶道を習っている頃の宗匠は、

「音もなく 香もなく 風に柳かな」(うろ覚え)という一行物を読めなかった。行書の「音」の字が読めなかったのだ。  



     村 祭  
 
        文部省唱歌

一 村の鎮守の神様の

  今日はめでたい御祭日。

  どんどんひゃらら、どんひゃらら、

  どんどんひゃらら、どんひゃらら、

  朝から聞こえる 笛太鼓

二 年も豊年満作で、

  村は総出の大祭。

  どんどんひゃらら、どんひゃらら、

  どんどんひゃらら、どんひゃらら、

  夜まで賑ふ宮の森。

三 治まる御代に神様の、

  めぐみ仰ぐや村祭り。

  どんどんひゃらら、どんひゃらら、

  どんどんひゃらら、どんひゃらら、

  聞いても心が勇み立つ。

  (「尋常小学唱歌(三)」明治45年(1912))

  「新訂尋常小学唱歌(第三学年用)」では、「どんどんひゃらら、どんひゃらら」は歌詞では一回しか書かれていないが、曲の方で、この擬音語を繰り返して用いている。非常に効果的だと思う。

  現行音楽教科書の「新編新しい音楽3」に『村まつり』が採られている。だが、小林秀雄「まっかな秋」は3番まで歌詞が載せてあるのに、同じ見開きの片方に載せられた『村まつり』は3番の歌詞が削られている。

  こういうのは、きちんと取り上げて生徒に考えさせた方が良いのだ。

  中村幸弘編著「日本の唱歌2」には、「第3連は、神事の意義を考えます。」とし、「日本の神道は、宗教ではありません。」とする。

  難しいことだ。神拝詞が分からないのも、むべなるかなである

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